スワスティカが消えた日。 Fred Harvey Era, 1930s — Navajo Silver.
スワスティカが消えた日。
Fred Harvey Era, 1930s — Navajo Silver.
1940年2月28日、アリゾナ州ツーソン。ホピ族、ナバホ族、アパッチ族、トホノ・オオダム族の代表者たちは、一枚の紙に署名した。それ以降、自分たちの工芸品にスワスティカを使わない、という誓約だった。
その数年前まで、スワスティカはナバホの銀細工に当たり前のように刻まれていた。四方位の象徴、吉運を招く護符、渦巻く丸太の神話。彼らにとってスワスティカとは、何千年も前から続く「幸いなるもの」だった。
ナチスが我々の聖なるシンボルを汚したことに、深く遺憾の意を表する。」
— 1940年 アリゾナ州ツーソン 4部族代表者 宣言より(趣旨)
今回入荷した2点は、その「禁止以前」に作られた。
1920〜1930年代。フレッド・ハーヴェイという実業家が、サンタフェ鉄道に沿って展開したホテル・レストラン・みやげ物店のネットワークが、アメリカ西部観光の入口だった時代。東部からやってくる旅行者たちは、グランドキャニオンへの道すがら、ナバホの銀細工を土産に買い求めた。それがFred Harvey Era——フレッドハーヴェイの時代だ。
スワスティカ、サンダーバード、アロー。これらはナバホの銀細工に繰り返し現れる意匠だった。観光客向けに量産されたものから、職人が丹念に打ち込んだ一点ものまで。いずれも、当時のナバホの人々にとって意味を持つ紋様であり、吉運の護符として旅人の手に渡っていった。
しかし1933年、ヒトラーがスワスティカをナチスのシンボルに採用した瞬間から、この記号の歴史は根底から変わり始める。
— I. サンダーバードと卍のアップリケ
ANTIQUE NAVAJO SWASTIKA & THUNDER BIRD APPLIQUE SILVER CUFF BRACELET — 1920〜1930s
センターにサンダーバード、その左右にスワスティカ。三つのモチーフは別々に作られ、バンドに溶着されたアップリケだ。さらにバンド全体を埋め尽くすスタンプワーク。この密度は、当時の職人が何時間もかけて一打一打刻んだ証だ。
サンダーバードはナバホにとって、嵐・稲妻・雨を司る超自然の存在。スワスティカは四方位と渦巻く丸太の神話、幸運の象徴。二つが並ぶこのバングルは、当時のナバホの霊的世界観を腕に巻く形に凝縮した一点だ。
ARZACH KAMAKURA
ANTIQUE NAVAJO SWASTIKA & THUNDER BIRD
APPLIQUE SILVER CUFF BRACELET
- 年代
- 1920〜1930年代頃
- 素材
- Silver
- 産地
- Made in USA
- 内周
- 12.9cm
- 開口部
- 2.2cm
- 幅
- 1.0cm
- 価格
- ¥77,000(税込)
- 状態
- Used — 経年によるくすみ・小傷・汚れ・歪みあり
— II. コンチョとスワスティカのスタンプワーク
ANTIQUE NAVAJO SWASTIKA STAMPED & CONCHO REPOSED SILVER CUFF BRACELET — 1920〜1930s
等間隔に並んだコンチョは、リポゼ(Repoussé)と呼ばれる打ち出し技法で成形されている。裏から銀を叩いて盛り上がりを作る、逆方向の彫刻だ。その間に刻まれたスワスティカとアロー(矢)のスタンプは細かく正確で、バングル全体にリズムを与えている。
内周が少し大きい。腕のやや細い女性にも、男性にも。開口部が広いため、ある程度調整できる。コンチョのボリューム感は腕に乗せた瞬間に存在感を放つが、不思議と重くない——銀の薄さと、打ち出しの技巧が、重量よりも先に目に届く。
ARZACH KAMAKURA
ANTIQUE NAVAJO SWASTIKA STAMPED & CONCHO
REPOSED SILVER CUFF BRACELET
- 年代
- 1920〜1930年代頃
- 素材
- Silver
- 産地
- Made in USA
- 内周
- 14.0cm
- 開口部
- 3.2cm
- 幅
- 1.2cm
- 価格
- ¥88,000(税込)
- 状態
- Used — 経年によるくすみ・小傷・汚れ・若干の歪みあり
— III. Fred Harvey Era について
1887年、サンタフェ鉄道がシカゴとロサンゼルスを結んだ。フレッド・ハーヴェイはその沿線に、ホテルとレストランとみやげ物店を展開した。「インディアン・デトアーズ」と名付けたツアーで旅行者をナバホの村やグランドキャニオンへ連れていき、帰り道にシルバージュエリーを買わせた。
ナバホの職人はその需要に応えた。スワスティカ・サンダーバード・アロー。「インディアンらしい」とされたシンボルを、観光客が喜ぶ形に銀で打ち込んだ。そこには商業的な背景があったことは否定できない。しかし同時に、ナバホの職人にとってスワスティカは本物の吉運の護符だった。彼らは信じて刻んでいた。
1938年、フレッド・ハーヴェイ・カンパニーはスワスティカモチーフの自粛を要請する。最後のカタログへの掲載が同年。そして1940年2月28日の署名へ。
それ以降、ナバホシルバーからスワスティカが消えた。つまりスワスティカが刻まれたナバホシルバーは、1940年以前に作られたことの証明になる。
手にとってみると、銀の重さよりも先に細工の密度が伝わってくる。1930年代のナバホの職人が、一打一打を積み重ねてここまで仕上げたという事実。そのことがずっしりと、重さよりも重く腕に残る。
スワスティカが刻まれているからこそ、この2点は歴史の証言者だ。1940年以前のアメリカ南西部、ナバホの銀細工師の手仕事、そして象徴が意味を剥奪される瞬間の前夜——それらすべてを纏って、いまここにある。
歴史が、銀の中に刻まれている。
鎌倉・由比ガ浜の店頭にてご覧いただけます。
オンラインショップからもご購入いただけます。
※ アンティーク品のため、経年によるくすみ・小傷・汚れ・歪みがございます。ヴィンテージ品の性質としてご理解ください。
※ スワスティカは本来、ナバホ族をはじめとする多くの文化において幸運と調和の象徴として使用されてきたものです。本記事はその歴史的文脈を正確に伝えることを目的としています。